出来事 か行

川中島の戦い

戦国末期、甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が,北信濃の千曲 ・犀 川の合流点川中島(長野県更級郡東北部)で争った戦い。
1553年から’64年にかけて前後5回(53、55、57、61、64)交戦。うち’55年・’61年が激戦で、’61年には謙信・信玄の一騎討ちがあったといわれる。勝敗は決しなかったが、川中島は信玄のものになった。

後三年の役(ごさんねんのえき)

永保3~寛治元年(1083~87)に奥州で起きた戦い。
前九年の役後、奥羽に力を伸ばした清原氏の内紛に陸奥守
むつのかみ
として赴任した源義家が介入し、藤原清衡を助けて清原家衡を助けて清原家衡・武衡を滅ぼしたもの。清衡は奥羽の地盤を引き継ぎ、源氏は東国に基盤を築いた。

小牧・長久手の戦い(こまきながくてのたたかい)

1584年3~11月、織田信長の死後に天下統一を目指した豊臣秀吉が信長の息子・信雄と徳川家康の連合軍と尾張(愛知県西部)などで衝突した戦い。
全国で連動した合戦が勃発した。秀吉方の奇襲の裏をかいた家康方が長久手で勝利したものの、信雄が秀吉と和睦。大義名分を失った家康も撤兵した。
秀吉が天下人として歩み始めた一方、家康も豊臣政権で有力な位置を占めることになり、関ケ原の戦い以降の天下取りにつながったとの評価もある。

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